この科目「情報A」では、「コンピュータネットワーク」をテーマにして、ネットワークからの情報の取り出し方、ネットワークへの情報発信のやり方、ネットワーク上の情報の取り扱い方などを総合的に学んで行きます。 この科目を学ぶ過程では、コンピュータをさまざまに操作して見ることもありますし、コンピュータは脇に置いて「どういう仕組みか」「なぜそうなっているのか」を考えることもあります。 高等学校は「パソコン教室」ではありません。ですから、この科目の目的には「コンピュータが使えるようになる」ことだけではなく、「なぜ」「どのように」について理解することも含まれています。そうしておけば、皆さんが社会に出た時に、まったく新しいコンピュータの使い方に出会っても、きっとうまくやって行けるでしょう。 しかしそれはそれとして、コンピュータを通じて世界中のさまざまな情報に接したり、多くの人とやりとりするのはとても楽しいことです。まずはその楽しさを味わって、楽しいことは素直に楽しみましょう。
まず最初に、情報とは何かについて考えてみましょう。かって、戦国時代の武将たちは、「のろし」や旗などを使って、遠くの砦が攻撃されたことや援軍を送ったことなどを伝えあいました。人間の頭の中に詰まった情報自体には形がありませんが、こうして外に現われた情報はさまざまに取り扱ったり、量ることもできます。私たちがこれから学ぶのも、この取り扱ったり量ったりできる形の情報です。
ここで重要なのは、ある情報がどれだけ重要か、ということは人間が決めることだということです。たとえば、戦国武将にとっては「お腹が空いたか? はい/いいえ」という情報と、「敵が攻めて来たか? はい/いいえ」という情報では後者の方がはるかに重要な情報だったはずです。 コンピュータやネットワークはどのような情報でも分け隔てなく取り扱いますが、それをどう判断するかは人間の仕事だということは心に留めておいてください。
皆さんはインターネットということばについて聞いたことがあると思います。インターネットとは、世界中のコンピュータどうしを互いにつないで情報をやりとりできるようにしたものです。具体的にはさまざまな機器やケーブルでつながっているのですが、ちょうど国際電話網と同じように、つながり方を知らなくても相手のコンピュータの名前 (電話番号に相当)だけ知っていれば自由にやりとりが可能です(図 1.1)。
図1.1 インターネット
インターネットにつながったコンピュータからは、さまざまな方法で情報を取り出すことができます。たとえば、離れたところにいる知合いから電子メールと呼ばれる「コンピュータの上でのはがき」をもらうことで情報を取り出すことも、ネットニュースと呼ばれる「コンピュータの上での新聞」を読むことで情報を取り出すこともできます。ここでは最初の一歩として、ワールドワイドウェブ、または略してWWWとかWebとも呼ばれる、いわば「コンピュータの上での掲示板」からさまざまな情報を取り出してみましょう。
図1.2 インターネット上の葉書/新聞/掲示板
WWWはインターネット上で情報をやりとりする仕組みの1つで、1995年ころから急速に普及しました。WWWでは、情報を見るのにWebブラウザ と呼ばれるプログラムを使います。ブラウザはインターネットを通じて各地にあるWebサーバと呼ばれるプログラムに接続して情報を取り出してきます。サーバが情報源、ブラウザが情報を受け取る手段ということになります(図1.3)。
図1.3 WWWの概念
テレビ放送で言えば、Webサーバは放送局、Webブラウザはテレビ受信器に当たります。ただし、テレビは電波やケーブルの届く範囲の放送局の情報しか受け取れませんが、WWWでは世界中の数十万箇所にある、どこのWebサーバの情報でも受け取れますし、混信することもありません。 WWWでは受け取る情報の単位はWebページと呼ばれ、ブラウザの画面上で画像とテキスト(文字)のまざった形で眺めることができます。また、ページの中には音声や動画を含めることもできます。このように、コンピュータで多く使われるテキスト情報以外の各種形態の情報を使用可能なことから、WWWはマルチメディアのシステムであると言います。
WWWではさらに、ページ内のリンクと呼ばれる部分を選択すると、それぞれのリンクが指している別のページが取り出されて表示されます (図1.4)。このように、複数の情報単位が相互に関連づけられ、その関連をたどることで情報を取り出して行けるようなシステムのことをハイパーテキストと言います。
図1.4 リンクをたどる
ではそろそろ、WWWで実際に情報を見てみましょう。コンピュータでWeb ブラウザを起動すると、設定されている初期画面(図1.5) が表示されます。
図1.5 Webブラウザで表示された最初のページ
ここで、表示されたページの中に下線つきや違う色の文字などで表示されている箇所は、そこがリンクであることをあらわします。そこにマウスカーソルを持っていくと、画面下端に文字列が表示されます。これがリンクの指している先の「番地」を表します。この状態でリンクを選択すると、ブラウザの画面が切り替わって指した番地のページが表示されます。リンクを選択する具体的な操作はブラウザによって違います。 図1.6は先の画面で「日本の情報」と記されたリンクを選択したときの表示です。このページには日本に関するさまざまな情報が表示されています。
図1.6 「日本の情報」ページ
先に、リンクの上にマウスカーソルが置かれると「リンクが指している番地」が見えることを説明しました。そして、リンクを選択すると新しいページが表示されます。またリンクによっては、新しいページが表示される代わりに音が出たりするかも知れません。 このように、WWWが扱うネットワーク中のさまざまなもの --- Webページや音や画像やその他のもの --- には、すべて「番地」がついています。この番地の形式のことをUniform Resource Locator、略して URLと呼びます。たとえば「日本の情報」ページは
http://www.ntt.co.jp/japan/index-j.html
というURLを持っていました。ページが表示されるとき、ブラウザの窓のどこかにこのURLが表示されているはずです。
図1.7 URLの構造
URLは図1.7に示すように、プロトコル、サーバ、パスという 3つの成分から成っています。これは例えていえば「はがき」「新聞」など媒体の別、はがきだとして宛先人の住所、その住所のどの部屋の誰か、という情報にそれぞれ相当しています。 新聞広告や、商品の箱などに、宣伝用のページのURLが記載されているのもよく見かけます。そのページが見たければ、ブラウザの入力欄にそのURLを打ち込むことで、そのページが表示されます。 しかしせっかくコンピュータがあるのに、なぜわざわざ新聞広告でURL を教えているのでしょう? それは、あるページを見るには、何らかの方法でそのURLを教えてもらわなければならないからです。たとえば別のページからリンクしてもらう、というのも「教えてもらう」方法の1つです。 ちょうど、電話番号というとても便利な「番地」も、はがきや名詞や電話帳で相手に伝えないと役に立たないのと同じだと言えます。片方が相手の電話番号を知っていれば電話を掛けて教えることができるのも似ています。
次々にリンクをたどりながらページを見ていくのは、漠然とどんな情報があるか眺めるのにはよい方法ですが、特定のことがらについて調べようとする場合にはあまり向いていません。WWWでそのような場合に利用できるサービスとして、ディレクトリサービスと 検索サービスがありますから、これらについて学んでいきましょう。 ディレクトリサービスというのは、さまざまな情報を持ったWebページを、情報の種類ごとに分類整理して示すようなサービスを言います。ディレクトリというのは、「登録簿」という意味です。 たとえば、情報全体をまず「趣味」「科学・技術」「経済・社会」の3 つに分け、「趣味」の中を「芸術」と「スポーツ」に分け、というふうに大分類から小分類に向かって細かくしていくことが考えられます。 WWWページのリンクを使ってこれと同じ構造を用意しておけば(図 1.8)、分類に沿ってリンクを選択していくことで自分の興味のあるページにたどりつくことができます。
図1.8 ディレクトリサービス)
特定の情報を効率よく探すもう1つの手段は、検索サービスを利用することです。検索サービスでは、分類をたどる代わりにWebページの入力欄に直接探したいものをあらわす言葉を打ち込むことで情報を探していきます。具体的には、指定した単語が中に含まれているようなページを探して来てくれるのです。 ある1つの単語だけでは非常に多くのページが見つかってしまう場合には、さらに単語を追加して、2つの単語をともに含むページ、3つの単語をともに含むページなどを探すこともできます。条件を厳しくしていけば、見つかる数も少なくなって行きますから、何通りか試して行くうちに自分が読みたいと思うようなページが見つかる可能性が高くなります (図1.9)。これを絞り込み検索と呼びます。
図1.9 検索サービスの概念
検索サービスではこのように、単語さえ打ち込めば直接それに関係したページが探せ、件数が多すぎればさらに絞り込むのも簡単にできるという利点があります。また、検索サービスでは世界中のWebページを 探索ロボットと呼ばれるプログラムで自動的に調べて情報を収集するのが普通なので、とくに登録を行なわなかったページでも調べられ、その結果調べられるページの範囲がディレクトリサービスよりずっと多くなります。
メディアないし媒体とは「何らかの情報を伝達する手段」を意味する、非常に範囲の広い言葉です。コンピュータネットワークなどの通信技術ではケーブルなど情報を伝える材質を「通信媒体」と呼びますが、単に「メディア」と呼ぶ場合にはずっと広い意味を持ち、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌などのマスメディア(大衆を相手とするメディアという意味)や、おしゃべり、電話、手紙など、人と人が情報をやりとりするものすべてが含まれます。 メディアが運ぶ物理的なもののことを、表現と言います。新聞の紙面、テレビの画像と音、おしゃべりの時の音声、見ぶり、手ぶり、表情などはすべて表現に当たります。 これと対比して、情報の送り手が伝達したいと思うことがらそのものを 意図と呼びます。すべてのメディアにはそれぞれ固有の制約や限界がありますから、情報の受け手にすべての意図を完全に伝達することは原理的に不可能です。言い替えれば、送り手の意図と受け手が受け取った意図との間には、不一致が存在するのが普通です(図1.10)。そして、その不一致の現われ方はメディアの種別によって違って来ます。
図1.10 メディアと表現の関係
1対1のメディアの場合には、疑問点について質問するなど、何回もやり取りすることで送り手の意図と受け手の理解との不一致を小さくして行くことができます。しかし、マスメディアの場合にはそのような手段があまりありません。 また、送り手が送ったものが何らかの真実を反映しているかどうかは、その表現だけでは分かりません。場合によっては、送り手はわざと偏った情報を送ることで、受け手を自分の都合のよいように操作しようとすることすらあります。これを情報操作といいます。
情報操作やその他の正しくない情報に対して防御するためには、複数のメディアからの情報を比較したり、常日頃からそれぞれのメディアの特性について注意を払っておき、自分なりの評価を持つことが大切です。
ここまでで、一般のメディアにおける情報伝達について見て来ましたが、 WWWの場合はどうでしょうか。WWWは、一般のメディアと違った次のような特性を持っています。
こうして見ると、WWWは極めて強力なメディアですが、その分だけ大きな危険をはらんでいることが分かります。 従来のマスメディアでは編集者やプロデューサといった、発信する前に情報を整理しチェックする人が存在しました。また、誤った情報や社会的に問題のある情報が流されれば多くの読者がそれに気づき、問題点を正すような社会的圧力が働きます。 しかし、WWWの情報は一人だけで発信可能ですから、上で述べたようなチェックは発信者一人の中でだけしか働きません。まして発信者が意図的に情報操作を行おうとしたら、それを止めるものはありません。また、その情報を見た人があなただけであれば、他人の目によるチェックも存在しません。
ですから、可能な唯一の対策は、WWWで情報を取り出す人が、発信者の意図や上のような危険性を理解した上で、持って来た情報をどのように使うか決めることだと言えます。
先に述べたように、意図の明確さと情報の正しさとは別の問題です。では、あるページに書かれた情報が正しいかどうかを、どうやって判断したらいいでしょう。いくつか可能性を挙げて見ます。
ここまで学んだ範囲の機能では、たとえば自分が発信者になったとしても、それを読んだ人は「だまって」ページを読んでいるだけで、反応を返してくれませんね。しかし、発信者としては自分のページを読んだ人がどのような感想を持ったか知りたいだろうと思います。また、もっと積極的に、アンケートのように読んだ人の意見を集めることをおもな目的として情報を発信することもあるでしょう。 このような要求にこたえて、WWWでは、情報の受け手が発信者に情報を返す機能が備わっています。それには、たとえば図1.11のような画面を使います。このような「記入用紙」の機能をWWWでは フォームと読んでいます。
図1.11 記入用のフォーム
フォームには、記入欄やいくつかの選択肢から項目を選ぶ仕掛けなどの「部品」が並んでいて、これらを自分の回答内容に会わせて設定してから提出ボタン(「提出」「送信する」などと書かれているボタン)を押すことで、記入内容が発信者に転送されます。フォームのような機構は、これまで一方通行だったWWWを発信者と受信者が相互にやりとりできるものに変えました。
ところで、前節のフォームをすべて記入して送信するのは、実は問題があります(今は学校の中での練習ですからいいのですが)。なぜだか分かりますか。 フォームの末尾に、あなたの名前や電話番号を記入する欄がありました。しかし、このような個人を表す情報を不用意に提供することは危険です。先に学んだように、WWWでの情報発信者がどのような意図を持っているか、正確には分からないわけですから。
具体的には、どのような危険があるのでしょうか?
このような危険を考えると、あなたのものでも、あなたの友人のものでも、個人情報の取り扱いには十分な注意が必要だと分かります。
ここまでで、WWWを使って情報を取り出すやり方や、その際に考えなければいけないことを学びました。この節では原理に立ち帰って、ネットワークの成り立ちやしくみについて学びます。 コンピュータネットワークとは、複数のコンピュータシステムが相互に自律的に情報をやりとり(通信)できるように構成されたシステム(ハードウェアとソフトウェアの複合体)のことを言います。この場合自律的とは、それぞれのコンピュータが、いつどんな情報をやりとりするかを、他のコンピュータに指示されてでなく独自に決定し実行することを言います。
一般に「ネットワーク」と言った場合、人と人とのつながりや、テレビなどの放送網や、鉄道など交通機関の連携しているようすを指すこともありますが、以下ではコンピュータネットワークのことを指して単に「ネットワーク」と記すことにします。
あるコンピュータから別のコンピュータに情報を伝えるには、それらの間で情報をやりとりするための通信路が必要です。通信路を構成する手段のことを通信媒体と呼びます。たとえば普通の電話では通信媒体は銅線ですが、携帯電話では電波ということになります。 コンピュータどうしの通信では、媒体は銅線か光ファイバーが一般的ですが、その上での伝送方式としてさまざまなものが使われており、それに応じてケーブルの規格や本数や配線のつながり方も変わります。 コンピュータで使われる伝送方式は、すべて0/1から成るディジタル情報を伝えるディジタル伝送であるという点が、(ディジタル放送でない)テレビやラジオなどの場合と比べて大きな違いになっています。 1つの通信路が、何種類かの通信媒体や伝送方式を組み合わせて構成されることもよくあります。その場合は、通信媒体や伝送方式が切り替わる場所にそのための中継装置が必要になります。
1つの組織(学校や企業など)の内部で、局所的なネットワークを構成したものをローカルエリアネットワークないしLANと言います。皆さんが実習に使っているコンピュータどうしはLANの機器でつながっています。LANの規模は、1つの部屋の中だけに収まるものから、ビル全体や1つのキャンパス全体にまたがるものくらいまで考えることができます。 LANではコンピュータどうしの距離が近いため、高速な通信が可能です。このため、LANは次のような用途に使われています。
LANよりも広い範囲にまたがるネットワークを広域ネットワークないしWANと呼びます。みなさんのコンピュータとインターネットを接続しているのはWANの機器です。WANには、たとえば大学の複数のキャンパスや企業の複数の事業所を結んだWAN、同一の目的を持つ組織が相互接続してできたWAN、通信事業者が構築したWANなどがあります。 WANはコンピュータどうしの距離が離れているためLANほど高速な通信はできませんが、離れた距離にある利用者どうしの通信手段や共同で作業をするための手段として多く使われています。
1970年代中頃、アメリカのARPANETと呼ばれるネットワークがありました。ARPANETは、情報の転送経路にいろいろな障害があっても、障害を回避して別の転送経路に自動的に切り替わったり、大きなデータを細かく分割して発信し、受けとる側でそれを元のデータに復元する、すぐれた機能がありました。ARPANETの用いる通信方式はアメリカの大学・研究施設などに広まり、さらなる改良を受けて、より多くの大学を接続するようになりました。これが、インターネットのはじまりで 1983 年頃の話です。
ARPANETで開発された技術を使えば、2つのネットワークが直接つながっていなくても、いくつかのネットワークを介して間接的につながっていさえすれば通信が可能です。つまり、ネットワークAのマシンaから間にあるネットワークB、Cを経由してネットワークDのマシンdに到達することができるのです(図1.12)
図1.12 インターネットの原理
インターネットはこれをさらに発展させ、国をまたがって多くのネットワークを相互に接続することでできています。つまり、「世界中にまたがるネットワークのネットワーク」がインターネットです。 インターネットは「ネットワークの集合体」ですから、単一の管理組織のようなものは存在しません(インターネットに関わるネットワーク共通の規約や技術を話し合う組織は存在しますが)。ただし実際にインターネットを利用する上では、個人や学校がインターネットプロバイダ (料金を取ってネットワークに接続させてくれる企業)と契約したり、 ネットワークプロジェクト(研究、教育、その他の目的で共同で資金を出してネットワークを維持しているもの)に参加することになりますから、そのプロバイダやプロジェクトの規約に従うことは必要です。
インターネットで多数の機器や媒体を介して正し宛先まで情報が伝わって行くためには、多くの約束ごとが必要です。この約束のことを、 通信規約または通信プロトコルといいます。
図1.13 RFCを掲載しているWebページ
インターネットでは、NIC(Network Information Center)という組織が管理・流通させているRFC(Request For Comment) と呼ばれる規約があります。インターネットを用いて情報を流通させる人は、このRFCの規約に従った情報を流通させる必要があります(図1.13)。 コンピュータネットワークの発展の初期にあっては、さまざまな研究施設・コンピュータメーカが、それぞれ独自の約束に従ったネットワークを作りました。このため、異なるメーカのコンピュータどうしを接続するのは大変な場合が多かったのです。インターネットが普及したおかげで、現在ではほとんどのコンピュータどうしがインターネットのプロトコルに従って通信できるようになっています。
通信プロトコルは、さらに細かく見るといくつもの階層に分かれています。 たとえば、ケーブルどうしを接続するには、コネクタの形が合わないとつなげませんから、コネクタの形の規格が必要です。次に、ケーブルを通る信号の電流や電圧に関する取り決めも必要です。これとは別に、ある情報を正しく宛先に送り届けるには宛先の指定方法に関する規格がなければなりませんし、WWWや電子メールではURLやメールアドレスの指定方法の規格が必要です。 これらをすべて一緒くたに考えることは到底無理なので、プロトコル全体を複数のレベルに分けて決めてあるのです。これを プロトコル階層と呼びます。 プロトコルの階層構造を私たち人間のコミニュケーションにあてはめて考えてみましょう。AさんがBさんにある考えを伝えるというのが、一番上位の階層にあたります。これを仮に「思考層」と呼びます。次に、考えを伝えるためにはそれを日本語で表します。これを「言語層」と呼びます。しかし相手にそれを伝えるには、口に出してしゃべる必要があります。これが伝達層です。そして、しゃべった言葉は空気の振動になって相手に伝わって行きます。これを物理層と呼びます (1.14)。
図1.14 プロトコルの階層性
上位のプロトコルが使える限り、ある階層から下のプロトコル群を取り替えても、同じように通信ができます。たとえば日本語がわからない人でも、代わりに英語で同じことを伝えることができます。またガラス越しなどで音が伝わらないときは、代わりに紙に文字を書いて示せば同じことを伝えられます。ネットワークの通信プロトコルでもまったく同様に、上位のプロトコルが同じであれば下位のプロトコル(通信媒体など) を取り替えてもこれまでと変わりなく通信ができます。
プロトコルを理解する上で訳に立つもう1つの概念として、 状態遷移という考えかたがあります。 たとえば電話を掛けるには、まず電話器を取り、ダイヤルするとベルが鳴り、相手が出るとつながります。そして話し終わって相手が受話器を置くと、他方は「切れた」状態になって断続音が出ます。掛けた時に話し中のときも、同じ音がします。どちらでも、受話器を置くと最初に戻ります。こちらが先に切った場合も最初に戻ります(相手の側には断続音が出ますが、こちらにはそれは分かりません)。
図1.15 状態遷移図
このように日本語で書くと難しいですが、これを図1.15のような状態遷移図と呼ばれるもので書くと分かりやすくなります。状態遷移図では、それぞれの状態を○で表し、どういう場合にどの状態からどの状態に移るかをすべて矢線で表します。最初はどの状態にいるかは外から入って来る矢線で明示しています。 ネットワークプロトコルの場合も、この電話の例と同じように、どうやって通信を始め、どうやって通信を終えるかを状態遷移図で考えることができます。
プロトコル階層の最上位には、個々のアプリケーション(応用)に対応した応用層があります。一般のプログラムの場合には、アプリケーションはそれぞれ単独で動作することができますが、ネットワークを使うアプリケーションの場合には、プログラムどうしが互いに通信するために共通のプロトコルが必要なのです。 応用層ではおおむね、1つのプロトコルが1つの情報サービスに対応しています(ただしいくつか例外もあります)。電子メールやWWWは情報サービスの例です。これらの情報サービスを提供するために、コンピュータ上で常時動作しているプログラムをサーバといいます。これに対し、利用者がこれらのサービスを使う時に起動するプログラムをクライアントと呼びます。Webサーバはサーバの一種であり、Webブラウザはクライアントの一種だといえます。
ネットワークにつながっているコンピュータを使っていると、ネットワークを通してさまざまな情報が、使っている人の意図しないところにまで配られてしまうことがあります。また、悪意を持って他人の使っているコンピュータに侵入を試み、情報を盗み出したり、そのコンピュータ上の情報を破壊したりする人もいます。こういった行為は、 クラッキングと呼ばれ、犯罪行為です。 また、ネットワークを使って情報交換をしていると、中継の最中に内容が故意に書き換えられてしまうこともあります。したがって、情報の信頼性に問題が生じてしまうことがあります。 そこで、このような漏洩・侵入・破壊・改変を未然に防ぐために考えられる対策のことを、総じてセキュリティといいます。