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第5章 インターネット社会における「自由・平等・公正」

5.1 インターネットと社会の関わり

コンピュータを用いた情報処理や、ネットワークを用いた個人による通信・情報発信の技術は、この10年程度の間に急速に普及し、多くの種類・形式の情報流通が行なわれるようになってきました。 それらの情報は、取り扱い方次第では他者の権利を侵害したり、自分の権利を侵害される結果を招いてしまうでしょう。 以下では、情報処理技術の私たち人間社会にあたる影響について考え、ネットワーク社会における「公平・公正・責任ある態度」とは何かについて考えます。 インターネット社会といっても、現実には、私たちの暮らす国際社会以外の何物でもありません。国際社会にはさまざまな国があり、それぞれの国の政府は、それぞれの考え方で国を治めています。私たちの暮らす日本国内で常識とされるさまざまな権利・義務や、財産のありかた、発言の自由なども国によっては制限されていることもあります。 まず、このように異なる国と国と結ぶインターネット社会における社会常識について考えます。

5.1.1 インターネット社会における「自由」

前に、インターネットの規約であるRFCについて説明しました。インターネット社会は、RFCにしたがった通信を行なうコンピュータネットワークです。インターネット社会の「自由」とは、国際社会の「自由」と同じです。他者の権利を侵害しない限りは、どんな行動も許されます。例えば、RFCにしたがって通信をするならば、どのメーカーのコンピュータを用いても構いませんし、どのメーカーのソフトウェアを用いても構いません。 しかし、逆に言うと、「どんな行動が他人の権利を侵害することになるのか」について知らなければ、何をして良いのかの判断がつきません。つまり、「自由を知る」ということは、「他者の権利を知る」ということなのです。

5.1.2 インターネット社会における「平等」

インターネット社会では、発言を行なうどの人も平等に扱われるます。 大統領の書いた電子メールでも、国王の書いたWebページでも、一旦インターネットに出てしまうと、他のメッセージに優先されて処理されるということはありません。どのメッセージも平等に扱われます。 また、インターネット社会は、コンピュータという機械を介してしか参加することが出来ない社会です。したがって、どんなコンピュータを使っているか、どんなソフトウェアを使っているかなどで差別されることがあってはなりません。 さらに、コンピュータと人間の関係にも注意を払う必要があります。指の不自由で早くキーボードを打てない人、色の区別がつきにくい人もインターネット社会に参加しています。こういった人でも平等にメッセージを読んだり書いたりすることの出来るように配慮をする必要があります。

5.1.3 インターネット社会における「公正」

インターネット社会でも、どの行動にも常に自己責任が求められます。そのために、インターネット社会では、発言には実名を付け、虚偽の内容を発信してはいけません。また、発言を行なったら、インターネット利用者からの反応に責任を持って対処することが求められます。 また、他人の情報を盗んだり、ネットワークを通じて他人の使っているコンピュータを破壊する行為を行なってはいけません。

5.2 著作権と著作権法

著作権とは一体、何でしょうか? 著作権は、もともとは著作権者に無断で複製を作らせない権利であり、また、複製によって生じた金銭的利益を著者に還元させる権利です。 日本国政府の定める著作権法は、1886年にスイスのベルヌで締結された「著作権保護同盟条約」(通常、「ベルヌ条約」と呼ばれます)にしたがって、日本で制定された法律です。同じように世界のほとんどの国が「ベルヌ条約」にしたがって、自国の法律の一つとして、著作権法を定めています。 本節では、インターネット社会における他者の権利の中でも特に重要な「著作権」を扱います。

5.2.1 著作物

著作権法における著作物とは、「文学的・音楽および芸術に属する製作物で、思想または感情を表したもの」と定められています。また、著作物の翻訳・変形を施したものは、最初の著作物に対する「二次著作物」と呼ばれ、「原著作者」と呼ばれる最初の著作権者と、翻訳や変形を施した著作権者の両方が著作権を持ちます。写真や絵画の場合は、被写体が著作物の場合には二重に著作権が生じ、そうでない場合には、撮影した人のみに著作権が生じます。 ここで注意しておきたいことは、著作物の特性です。例えば、円周率の数の並びのように「文学・音楽・芸術」のいずれにも所属しないものや、事実の報道・伝達などは著作物ではありません。また、著作権は、原著作者の死後50年を持って消滅し、その後は誰でも自由にその著作物を利用することが可能です。 著作権法の制定以降、著作権法はさまざまな著作物について、その権利保有者の権利を保護してきましたが、技術の発展にともなって、その中身も時代に合うように逐次変更を受けています。 例えば、映画は主に製作会社が権利を保有する著作物ですが、映画を上映する権利も著作権の一つとして保護されます。したがって、映画のフィルムを買い取っても、上映権を買わないと上映が出来ません。また、コンピュータのプログラムも著作権で保護されます。

5.2.2 著作権の主張

著作権の国際的な保護条約である「ベルヌ条約」加盟国では、著作権は、特に届出や登録をしなくても著作物を製作した段階で発生します。これを、「無手順方式」といいます。 しかし、ベルヌ条約に加盟していない一部の国での著作権の保護には、一定のルールが必要となります。現在、世界中のほとんどの国が加盟している「万国著作権条約」の加盟国では、著作権の主張のために、

Copyright, 著作権者の名前, 発生年, All Rights Reserved.

という文字列を必要とします。 現在のところ、ベルヌ条約非加盟国で万国著作権条約に加盟している幾つかの国に対しては、この表示がないと、著作物の無許可での複製に対抗することはできません。

5.2.3 著作権の譲渡と著作権者人格権

著作権は、他人に譲渡することが出来ます。したがって、市場に流通させることが得意でない原著作者の著作物を、市場の事情に詳しい他人が買いとり、広く社会に流通させることが可能になります。(著作権法第 17条〜第20条) しかし、ここで気をつけなくてはならないのは、「著作権者人格権」といわれる権利の存在です。著作権者人格権は、原著作者のみが保有する権利で、他人に譲渡したりすることはできませんし、したがって他人から買い取ることも出来ません。 著作権者人格権で保護されるのは、著作物の製作者の名前を表示させる権利や、著作物の改変を禁止する権利です。例えば、著作権者人格権を行使することで、パロディーの作成の禁止なども可能です。また、原著作者が公開を禁じている著作物の場合は、たとえ著作権を買いとっても、それを複製して公開することはできません。 著作権者人格権を行使すれば、原著作者とは異なる名前を著作権者のように見せかけて著作物を複製することも禁止できます。

5.2.4 著作権の制限

著作権は本来、著作物の適正な利用を目的として制定された権利ですから、著作権法では、適正な利用に当たらない過度な権利の主張や、一定の要件を満たした場合には著作権を制限し、利用者が自由に著作物を利用できるようにしています。(著作権法第30条〜第50条) 例えば、学校の入学試験に用いる問題文の場合、事前に著作権者に連絡を取ってしまっては公正な試験の実施に障害が生じます。また、入学試験に用いたことで著作物の売上に障害が生じるとも考えにくいので、このような場合の著作物の利用は、著作権者の許諾・著作権使用料の支払いをすることなく可能です。

5.2.5 著作物を利用する際に

著作権者の許諾を受けて他者の著作物を利用する場合は、文書内に使用許諾(acknowledgement)を明示します。これは日本の慣習にしたがって、謝辞のような形にしておけばいいでしょう。

以下の文書例は ○○ ○○ 氏が著作権を持つ文書です。使用を許可して下さった ○○ ○○ 氏に感謝します。

5.2.6 著作権に関する表示

先程、著作権は基本的に無手順で発生するとの説明をしましたが、現実には、多くの商業的著作物には、著作権マークと共に、著作権に関する表示を行なっています。 これは、万国著作権条約で必要な形式での表示を行なうという目的の他に、著作権表示を陽に行なうことで、著作権について関心の薄い人に対しても、著作権法によって保護されることを印象付ける役目があります。 そこで、コンピュータを用いた文書作成の場合も、できる限り著作権に関する表示を行なうようにしましょう。

5.3 引用と参照

他の著作物のある部分を、自分の著作物の一部に含める行為を「引用」といいます。引用は、著作権法に定められている一定の要件(および、判例に基づく妥当な解釈)を満たせば、著作権者の許諾なしに行なうことができます。 一方、他の著作物の名前や特定の場所を提示す行為を、「参照」といいます。参照も許諾なしに行なうことが可能です。しかし、プライバシーの問題には注意する必要があります。

他人の著作物の一部を利用する

他人の著作物を自分のことばや現代風の言葉に直して引用する場合と、「文字通りの元のままの表現」を引用する場合があります。いずれの場合も、元の発言がどのようなものであったかを読者が自分で確認できるようにすべきです。したがって、巻末などにおく参考文献表に、

を示すことが最低限の作法となります。

要約も含め自分の表現に直した場合

この場合には、文章の責任は自分にあることになり、特に他人の著作物を引用したとはいいにくい場合もあります。しかし、そこで表明されている意見が自分の独創的な意見でない限り、作者が自ら「引用である」と解釈して、引用の要件を満たすように書くべきでしょう。

引用の要件

引用の場合には、自分の文章と区別するために、引用部分を明確に示す形式上の約束に従う必要があります。文一つ程度、またはそれより短い引用の場合には、引用部分を引用符で囲むのが一般的でしょう。それより長く、一パラグラフ程度にわたる場合には、前後に空行を置いて地の文と区別し、引用部分はインデントするのが一般的でしょう。 例えば、

これは、引用されるべき文章なので、このような書き方をすることで、境界を明確にしています。

のようにします。

インターネットメッセージの引用

まず、電子メールの中身、ネットニュースの記事、WWWコンテンツを利用するには、発信者などの著作権保有者の許諾をとる必要があります。これは、既に公開された文書の場合も、そうでない場合も同じです。 もちろん、それらの文書を利用する際に、それが引用の要件を満たす場合には著作権の問題は生じません。したがって、無許可で引用を行なって構わないことになります。 しかし、特に 電子メールに代表される私信の場合には、著作権の問題は克服できても、プライバシーの問題を克服する必要があります。

5.4 WWWの著作権

WWWで公開されている文章や画像などは、「公開されているのだから、どこでどのように複製しても構わない」という誤解をしてしまいがちです。しかし、たとえ WWW で掲示されている文章・画像であっても、著作権を無視することはできません。 著作権法によれば、著作権者が認めているのは、インターネットを通じてその文章・画像などを見ることの出来る権利だけであって、インターネットを通さない方法で利用する権利を含んでいません。 また、技術的に簡単に複製可能な状態にあることと、それを複製して構わないかどうかということは異なった次元での判断です。 直接に画像ファイルの複製を行なっていなくても、リンクを使って他人の著作物の一部を指示しているとき、これを引用と解釈すべきでしょうか。それとも、著作物の利用とみなすべきでしょうか。 この問題は多くの議論を経て、「結果としての見え方」がどのようなものであるかを考えて対処するべきであるという認識が芽生えてきています。すなわち、例えリンクを使ったにしても、それを表示させた時の見え方があたかも自分が著作物の使用許可を得ているかのように見せている場合は、著作物の利用とみなされます。 これに対してリンクを使わず、URLの文字列だけを表示して、利用者にそのURLを直接打ち込んでもらう方法で他のWebページを参照させる仕掛けは、引用の一部として捉えても構わないでしょう。 しかし、URLが秘匿性を持つ場合、情報発信者が秘匿しているURLを勝手に公開していいのかという問題は残ります。言い替えるならば、無許可で他人のWebページを指すURLを公開したりリンクを作ったりする行為に、プライバシーの侵害の可能性があるかどうかという問題が未解決です。 「WWWの本来の役割に照らし合わせれば、WWWとは情報を公開する仕組みであるから、URLにはプライバシーの保護は及ばないのではないか」という意見もあれば、「パスワードなどを使った保護が行なわれていないものには、プライバシーの保護は及ばない」という意見もあります。しかし、一方には「他者の電話番号の無許可公開と同じことではないか」という意見もあります。 したがって、この問題には現在のところ一定の共通理解が得られているとはいえません。保守的で良識的な理解を行なえば「許可を得た場合に限り行なって良い」と考えるべきでしょうが、WWWの精神を尊重すべきことも妥当な意見でしょう。

5.5 商標権

商標(trademark)とは、企業が自社や自社の製品を認知させるために市場に流通させる記号・文字列のことです。商標を占有的に使うには著作権と異なり登録が必要で、登録された商標のことを「登録商標」といい、 という記号で表します。 商標権とは、ライバル企業が、既に市場での評価が確定している商標に対して、同一の商標や紛らわしい商標を用いて利益を得ることで、公正な市場原理が破壊されることを防ぐためにあるものです。一見すると、著作権に似ていますが、「文学・音楽・芸術」の創作物でなくても構いませんし、「思想または感情を表現したもの」でなくても構いません。 文書内にレイアウト・ロゴ・デザインなど登録商標名などを含む場合には、商標権保持者の名称などを明示すべきです。

5.6 その他の権利

知的所有権には、著作権や商標権の他に、特許権、意匠権、実用新案、不正競争防止法に関する権利などがあります。また、知的所有権は無体財産権ともいわれています。

5.7 個人情報(プライバシー)の保護

個人情報とは、その人の名前、容姿(顔などの部分的なものも含む)、住所、電話番号、生年月日、勤務先、経歴、宗教など、その人について固有の情報すべてを指します。 現在の日本では、こういった個人情報を「プライバシー」と呼び、それらの公開範囲は、本人が制御できるべきであるという考え方が一般的です。プライバシー尊重の観点からも個人に関わる情報の電子的取り扱いについては慎重な対応が必要です。 どの組織でも、個人情報の保護に関して規定を設けています。組織の一員、例えば社員や教員がこうした規定に拘束されることは当然ですが、組織の一員でない顧客・学生であっても、その会社のプライバシーに関わる事項を公開すべきではありません。例えば、顧客が何らかの手違いなどで、公開されていない企業・学校の情報を知ってしまった場合などは、その情報を公開すべきではないでしょう。 なお、写真や動画などの場合は、自ら撮影したものについては自由に利用できるという誤解をしがちですが、被写体の肖像権や意匠権について侵害することのないような配慮も必要です。 情報が広く公開されるために、他者のプライバシーに相当する個人情報や、他者にとってマイナスイメージを抱かせるような情報の公開を行なうことは、原則的には謹むべきでしょう。 名誉毀損の際にしばしば話題になるのは、それが真実かどうかということですが、判例などを見ると、真実であっても、あからさまにそれをいうことでイメージダウンとなる時には、名誉毀損を行なったことになり、損害賠償を命ぜられることになります。

5.8 メッセージの影響

5.8.1 盗用と引用

自分の書いたものの中に、あたかも自分の意見のようにして他人の著作物を含めることは、著作物の盗用になります。しかし、盗用のない、自分の考えのみに従って書いた文書でも、既に自分と同じようなことを考えている他者が同じような文書を既に書いていないかどうかを調べることは重要です。このようなことは発表前に調べておくべきでしょう。

5.8.2 社会への影響

自分が書いた文書が社会に与える影響がどのようなものであるかについても、文書を公開する際に慎重に検討するべきでしょう。 たとえば、暴動や戦争を扇動するような主張の掲示や、現在の刑法上違法とされる内容の掲示、また他人の名誉を著しく傷つける内容の掲示、虚偽の掲示などは、コンピュータを利用した文書作成の場においても、新聞・放送・雑誌・映画などと同様に考える必要があります。 また、犯罪行為を招く書き込みや、自分が行なった違法行為、行なおうとしている違法行為に関する文書の公表も注意すべきです。例えば、「録画し損ねたテレビ番組を誰かダビングさせてください」というのは、放送局の持つ放映権の侵害を招く行為です。このような文書を作成・公表するべきではありません。他にも、「峠道で制限速度を無視してオートバイで競走をしました」「電話のタダがけの方法について教えて下さい」などのような文書を公開することは、謹むべきでしょう。

5.8.3 バリアフリー

「バリアフリー」とは、障碍者も、そうでない人も、共に暮らしやすい社会にするためにとり入れられた考え方です。 しかし、コンピュータネットワーク利用時の障碍者とは、単に身体機能の障碍を持った人だけを指すのではありません。例えば、十分な通信速度を確保できない回線を使わざるを得ない人、白黒のディスプレイしか用意できない状況の人なども、ネットワーク社会においては障碍者となり得ます。 そこで、特にWWWなどの掲示に際しては、身体機能の障碍を持った人、通信環境に障碍のある人の環境を考慮したデザインを考えるべきです。その際に一番注意したいのが、色の問題です。 たとえば、色盲の人の存在があります。特に、赤緑色盲の人は、かなり多くいます。従って、赤と緑の違いで何かの違いを表すようなことは、なるべく避けるべきでしょう。さらに、利用者の持っている画面に表示できる色の数が多くない場合には、色を多用した画像を正確に表示できなくなったり、さらに、他の正常な色で表示されているプログラムの色を変えてしまうこともあります。

演習
私達が使っているコンピュータやソフトウェアで、バリアフリーの配慮がなされている点を探してみましょう。



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